無風を待つ人の記録

風に流され生きてきた 風が止んでも生きていたい

R.I.P 村崎百郎氏

人の身体感覚やイメージはどこまで延長できるのだろう。俺は十五年前に東京に住みはじめて以来、この都市に自分の身体をなじませようと、日夜努力を続けてきた。俺はいつも仕事や遊びで行った先々の場所に自分の身体の一部をばらまいてくる。それは路上に吐かれた唾やタンであり、壁やテーブルの裏にこっそりなすりつけた鼻クソであり、切りとって戸の隙間に投げ入れた爪であり、時には血や精液、小便や大便であったりする。いちばん熱心にばら撒きつづけているのは、長く伸ばした髪の毛だ。俺の身体から抜けた髪の毛の一本一本は、俺に情報を運んでくれる妄想神経細胞の端末である。通勤電車で出会う気になる女の子の紙袋の中へ、中年オヤジのコートの肩へ、新宿や池袋の雑踏の中へ、喫茶店の観葉植物の鉢の中へ、本谷の棚の隙間へ、十五年間数え切れない数の髪の毛を引き抜いてはこの都市にばら撒きつづけた。多くの髪の毛は掃除され、ゴミとして焼却されたろう。それでもいいのだ。俺の身体の一部分が焼却され灰となってこの都市の大気へ拡がっていく。今夜も目を閉じて、身体じゅうの毛穴から無数の妄想神経を伸ばし、都内全域や関東全土に広がった俺の髪の毛にアクセスすれば、役に立たない無数の情報が俺の頭へ電波として届き、声や映像へと変換されるのだ。東は九十九里から西は伊豆半島まで、薄く伸びて網の目のようにこの都市に根を張った俺の妄想身体は、夜風が吹くと髪の毛がゆれて、木の葉が舞うように踊りつづけるのだ。
村崎百郎「妄想電波と身体拡張――暴走する想像力の最果て」(「電波系」(太田出版)収録)

(via tumblr le fou)


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