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無風を待つ人の記録

風に流され生きてきた 風が止んでも生きていたい

ネタバレ回避不能の裏「ソーシャルネットワーク」: "Catfish"

だいぶ前に観たんだけど一応メモ。
ソーシャルネットワーク」の裏で密かに話題になっていたもう一つのfacebookものドキュメント、"Catfish"。日本未公開。米国滞在中にDVDを図書館で借りて鑑賞。

とりあえずトレーラーを見ればどういう運びの作品かはおわかりいただけるかと。facebookで美人と知りあって浮かれた男が、一目会いたい一心で彼女の住所を訪ねるが、そこで見たものは・・・という、「そこで見たもの」が何かというその一点だけで観客の興味を成立させている。

単なるビックリオチではなくて、十分に深みのあるテーマを含んでいて、個人的にはすごく観て良かったと思っているんだけど、ただ作品の構成上このテーマについてネタバレなしで触れるのが不可能なので、エントリを起こしてみたはいいけれど正直どう書いたらいいやら今ちょっと途方に暮れている。これネタバレなしで上手にレビューできる人いるのかな。

"Catfish"という謎めいた題名の意味も、最後にある人物の口からちゃんと語られる。そしてこれが意外と深い。悪く言えばモヤモヤした、良く言えば考えさせられる余韻があった。

ぶっちゃけ前半は早送りでいいんだけど、後半だけでも観る価値あり。真相が見え始めてからはとても面白かったです。


と、観てみたい!と思わせる目的のレビューはここまで。
以下、ネタバレ前提で感想を書き残しておこうかと思う。
未見の方はできれば映画のほうを観てください。(日本公開未定だけど。)










――――以下全力でネタバレします。――――













結局オチとしては、「facebookで出会ったと思っていた美女は架空の存在で、その交友関係や家族関係も含めて、全て一人の疲れた中年主婦の現実逃避手段として演じられた存在だった」というまあある程度想像のつきそうなものなのだけど、彼女がfacebook上に作り上げた架空の人間関係の偏執的なまでの緻密さや、夫の連れ子で重度障害を持つ二人の息子を抱えた彼女の暮らす現実の状況の重さには瞠目すべきものがあった。

インターネットを通じたバーチャルな人格交流の暗部、仮想現実におけるアイデンティティ、といった観点から観るのももちろんいいけれど、それ以上に私は現実の彼女の姿に興味を持った。

辛い現実を生き延びるための手段として彼女が採った選択。
過去に捨て去ってきた、憧れた自分、なりたかった自分、なれなかった自分を仮託したもうひとつの人生たち。
現実とも微妙にリンクしつつ構築された、しかし完全に虚構の人格と虚構の交友関係。
そこへ注がれる、夫の、理解と諦観の入り混じった複雑な視線。

"Catfish"の意味は、最後に彼女の夫の口から語られる。最後の最後なのでさすがにこれは明かさないでおくけれど、彼女の行いに対する夫の理解が端的に表れたいい言葉だと思う。


私にも置き去ってきた「なりたかった誰か」がいる。幸いその誰かに逃げ込みたくなるような状況には置かれていないけれど。また例えば、私の妻にもまた、私と一緒になる過程でいくつかの「なりたかった誰か」を置いてきてもらっているはずだ。
この映画、一人で時間が余っていた時に観たのだけど、妻はこれを観てどう感じるかな、なんてことを少し想像したりした。