無風を待つ人の記録

風に流され生きてきた 風が止んでも生きていたい

ソリッドシチュエーション生命讃歌: ”127 hours" (+ Sigur Ros のBGMつき)


127 HOURS - Full Length Official Trailer HD


ユニバーシティ・ディストリクトの Metro Cinemas にて鑑賞。
日本では「127時間」という捻りゼロの邦題で(それでいいんだけど)2011年6月頃公開予定。
しかしまあ、アレですよ。「○○時間」ってタイトルの作品いい加減増えすぎだと思うんだけど、どうすんの。24の倍数は大体使い切ってるんじゃないかという気がする。そろそろIPv4みたいに枯渇を危惧して管理団体が出てきたりしてもいい頃では。


いきなり脱線したけれども、本作はアメリカ人登山家アーロン・ラルストンによる体験記を映画化したもの。ユタ州ブルージョン・キャニオンで岩に腕を挟まれ動けなくなった男が、127時間後に自力で生還するまでの話。


オープン・ウォーター」「フローズン」等の低予算ソリッドシチュエーションスリラーみたいな舞台設定だけど、予告編をご覧になればわかるとおり、スリラーでもホラーでもない明らかに一線を画したアプローチを試みている。原作つきというのもあるけれど、新しいネタに挑戦しつつ、しっかり自身の得意な土俵で料理することを意識している感じがする。


まず、かなり早い段階で生き延びることを若干諦めかけているというのがこういう映画ではちょっと珍しくて、主人公アーロンは持ってきていたCanonのビデオカメラで家族や知人に宛てたメッセージを残していたりする。しかし決して死を早々に受け入れていたということでは当然なく、恐怖や絶望と闘いながら足掻き続けてもいる。このへんの揺れ動く心情のバランスは中盤までの見所の一つ。基本的に原作に忠実に作っているそうで、その意味では徹底的にストイックかつリアルにソリッドシチュエーションを描こうとしていると言えなくもない*1

しかし非情な現実を描きながらも、そこで見せようとしているのは、それを生き抜くのに必要だった生への衝動の強さであって、強烈に前向きなメッセージに満ちた生命讃歌となっている。この監督の姿勢は「トレインスポッティング」「28日後...」「スラムドッグ$ミリオネア」等一貫したもので、そこは素直に感心する。ボイルっぽい凝った構図や演出が本作でも前面に出ているのもあって、わりと生々しく極限状況を描いているにも関わらず、絶望感だとか着実に迫り来る死の匂いといったものからはどこか遠いような印象を受ける。


アーロン・ラルストンという人間については、冒頭ではいかにも無用心であまり人生についても深く考えたことのないチャランポラン男みたいに描かれていて、それがすごくわかりやすく先の展開の伏線になっている。ああ、あのとき携帯持ってくれば良かった、あのとき誰かに行き先を告げておけば良かった、あのときポケットナイフを戸棚から見つけておけば・・・過去の断片的回想と現在がリンクする構造も「スラムドッグ$ミリオネア」に似ているが、こちらではより「過去との対話」という趣になっていて、それを通じて現在の主人公自身の心情や行動が変化していく。

一方物語内の現実というレベルでは事態の変化というのはほとんど訪れない。そもそも最初から「ある決断さえすれば生還できる」というゴールが見えていて、その究極的ソリューションを自ら選択するために必要な「それをしてでも生きたい!」という動機付けを得るためのアーロンの心的な戦いが主題なので、「オープン・ウォーター」におけるサメのような、現在状況を物語的に進行させる装置を導入する必要が元々ない。


孤独と閉塞感に満ちた岩の隙間で身動きの取れない中、男は今のこの状況に至るまでの自分の浅はかな行動を振り返ったり、死後に残すつもりのメッセージを撮っているうちに、やがて自分の歩んできた人生のこと、あったかもしれない未来の人生のことを見つめていく。両親のこと、友人のこと、生きていればいつか出会えるかもしれないまだ見ぬ生涯の伴侶と我が子のこと。

そして死の足音が近づいてくればくるほど対照的に、もはや幻覚・妄想と言ってもいいようなレベルにまで高まった未来=生への目も眩むような希望と欲求の奔流が、ついに例の行動へと彼を衝き動かすクライマックスをSigur Rosの"Festival"が彩る。



Sigur Ros - Festival


この曲調でも想像できる通り、ヴィジュアル的に相当エグいシーンを含むにも関わらず、ものすごく多幸感に溢れた演出になっている。その監督の意図は、丸5日間閉じ込められていたその場を後にするときアーロンが言い残す言葉にも、はっきりと滲み出ている。



しかし思わぬ名曲のセレクトで個人的に超テンション上がった。自分を映画で感動させたければ彼らを起用するとすっごく簡単だと思うので、監督の皆さんはココ是非覚えておくといいですヨ!


それと例の行動のシーン、かなり生々しく撮っているので、苦手な人はご注意下さい。私はウヒャーとかドシェーとか身悶えのけぞりながら観ていたら、終了後後ろに座ってた初老のご婦人に「アナタさっきすごい苦しんでたけど大丈夫?」って心配されました。顔を赤らめて逃げました。

*1:もちろんノンフィクションとはいえ原作にすでに脚色が入っている可能性はあるけれど。